水
28
12月
2011
Snow Flakes
"Snow Flakes"
ロマンティック街道をテーマにした"Composition by KENZO"のDM(ダイレクトメール)で、添付の画像はすでに印刷物になったものです。
家々の窓だけが幸せ色の光を投げかけています。
この頃の水彩画は、大体いつも鉛筆で下書をした後 レタリングゾルという耐水性の墨でGペンやスプーンペンを使い線だけを先に描き、その上から水彩絵の具を薄くひいては重ねて行くのですが…
この屋根瓦とは随分長い時間格闘したおぼえがあります。
元々、建物の絵は苦手なんです。ちょっと凝った飾りなどがついていたりしようものなら、それが面白くてとことん書き込み とんでもない時間を費やしてしまう…その時点ですでに 金額の決まった仕事としては大失敗です。
日
25
12月
2011
Happy Christmas!
-Saint Germain d'hiver-
’88年の原画提出当初、MD(注*)さんから却下を食らった思い出の絵です。
「いつかもう一度、大切な人とここに戻ってクリスマスを過ごしたいと願って描きました。」という私の言葉に一言一言うなづき
しかし残念なことに、その夢は今年のクリスマスもまた夢のまま。
…と言う事は、まだ夢見ることを許されているのかな・・・と。
もうちょっと頑張ってみたいと思います^^
皆さんの夢、叶った夢、教えてください。
*MD(マーチャンダイザー)
市場調査をもとに流行を予測し、商品の企画、販売計画、広告宣伝など一切の権限と責任を持つ商品担当者のこと。
情報収集力をはじめ、感性や好奇心、積極性のうえに 確かな営業手腕までも求められるお仕事です。
日
05
6月
2011
時に贋作画家 -Chapter 2-
前回から随分日が空いてしまいました。
麹町のとあるアパレル会社へと 道を通していただいた 23歳の私まで
タイムスリップしたところでしたね。
まったく...こわいもの知らずとは 後になって振り返るのが恐ろしいものです。
とりあえずおいでくださいという先方のリクエストに またしても丸腰で乗り込みました。
さらに恐ろしいことには、確か 自分で縫った服を着ていた覚えが。。。
当時の日本テレビ社屋の 道を挟んで向かい側ちょっと手前に
目指す建物はありました。
紹介してくださった方と自分の名前を名乗ると、サラリーマンのいでたちには程遠い 綺麗なスーツをお洒落に着こなした華奢な男性が 丁寧に出迎えてくれました。
今思えばMD(マーチャンダイズ)のかただったのか...やがて事業部長さん以下
数人の関係者の皆さんが 次々と現れては名刺を差し出し挨拶をしにきてくださって初めて やっと自分の第一の不手際に気づくありさまでした。
名刺を受け取りただ名を名乗って挨拶を返す失態にたじろぎつつも、
その名刺の『KENZO』という名を目にして私は一瞬のうちに舞い上がってしまいました。
そういえばこんな話は、つまらなすぎて親しい友人にもほとんど話したことがありません。
美大を目指す受験生だった頃、私には小さな迷いがありました。
進路についてです。
美大専門の美術予備校に通いながら、私が購読していたのは『装苑』という雑誌。
美大へ進むか、モードの道を志すか、揺れにゆれる受験期を経てなお
ファッションデザイナー高田賢三さんは、私にとって雲の上の憧れの存在でした。
一介の美大生の私が初めていただいた仕事が、
その『KENZO』ショップの 壁画の制作だったのです。
〈またしても次章へ続く〉
火
12
4月
2011
時に贋作画家 -Chapter 1-
「花を描くのが上手な学生を探してるんだ。」
同じ学科の同級生を介して知り合った友人から 久しぶりの電話をもらったのは確か…大学院二年の春。
ひとつ年上の山岸君はもう社会に出ていました。
それからほどなく、会わせたい人がいるという彼と 六本木駅で待ち合わせる約束をしたのですが
今では考えられないことに、その日の私は 作品のファイルも名刺すらも持たない”手ぶら”状態。
これから 私の将来に何が起こるのか、その日の私には何も解っていませんでした。
繁華街を少し入ると、今でもそうなのか…マンションの一室を借りたデザイン事務所が点在していて
夜の賑わいとはまた別の顔を見せていました。
何故そこに呼ばれたのか、今では定かではありません。
通された応接室の奥で 穏やかな笑顔で私を迎えてくれたのは 某大手ジュエリーメーカーの役付きの男性。
ちょうど当時の父親ほどの年頃に見受けられたけれど がらっぱちな父とも 大学で日頃接する教授先生達とも違う匂いのする 企業人としての地位を確立した人種との初めての対面は
多少の雑談の合間に 依頼内容の大まかな説明と、自分がその「ひとさがし」を頼まれた相手が プライベートでも信頼のおける友人であることを私に確認させるのみで 緊張などする間もなく終了。。。
こうして私はこの御仁の”お墨付き”を得て 麹町の旧日テレ通りに面した とあるアパレル会社へ
単身乗り込む事になるのですが・・・。〈次章へ続く〉
追記;当時の写真を探したのですが、何も残していませんでした。
こんな未来が待っているとわかっていたら
少しは考えたのかもしれない^^;
・・・・しまった。。。
何も考えてなかったことが ばれました。
日
03
4月
2011
難しいのね
初めてのHPを開設して3年が経とうとしています。
…とは言え、自分で立ち上げるどころか ハンドルすら人任せのまま時は流れ…
以来一度も手を加えないまま 先月末にその使用期限が切れました。
慌ててジタバタしている私の上に タイミングの神様が現れた。。。
Jimdoというところなら、完全無欠のドシロウトの私でも大丈夫じゃないか?
…そう助け舟を出してくれたお友達のおかげで こうしてブログまで書いてます。
まだまだ手探り、出来たと思うと消していたり…^^;
でも、編集の際 何かの拍子に編集スクリプトが見えたりすると
「本当はこれ、全部自分でやらなくちゃいけなかったんだわ……(汗」と
つくづく 今まで私のページをサポート&オーガナイズしてくれた『彼女』に
頭が下がります。
ここからは、楽しんで継続するHPを目指して
その楽しみを ご覧下さる皆さんとシェアできますよう
日々精進を続けてまいりたいと思います。
これまでサポートしてくださった(株)OPUS-OPUSさんに 心から感謝!!
Miyuki Oomori