2014年

4月

01日

"Poisson D'avril!!"

"Poisson D'avril!"
"Poisson D'avril!"

今日はPoisson d'avril (ポワッソンダヴリル=四月の魚)
フランス風味のエイプリルフール描いてみました。

フランスでは 1564年にシャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用するまでは、3月25日を元日とし、4月1日には新年をお祝いするために、人々がプレゼントを交換しあうという慣わしがありました。
庶民達は新暦改正後もこの慣習を続けるために、旧正月の4月1日にユニークなプレゼントや偽のプレゼント交換をしたことが エイプリルフールのそもそもの始まりと言われているそうです。

ではなぜお魚なのでしょう?
それには諸説あるようですが、どの説にも長年親しんで来た暦が書き変えられると言う大きな社会の変化を寧ろ楽しんで笑いに変える フランス人気質が感じられます。
紙に描いた魚を友人や同僚の背中にこっそり貼って、
気付かれたら"Poisson D'avril!!"と叫んではやし立てるんですって。楽しそうです^^

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2012年

10月

08日

ロマンス

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2012年

5月

18日

15年目の壁画

 

私の主な仕事は、商業に関わる絵を描くことです。

飲食店の壁画も例外なく寿命は短いもの。お店のオーナーさんが変わったり 時流に合わせた改装が行なわれれば 塗りつぶされたり壁ごと取り壊されたり…いくら頑張ってもこれだけは受け入れざるをえない運命なのですが、

神奈川県小田原市 国道1号線沿いのイタリアンレストランには、15年目をむかえた私の壁画が 今も当時のままに描かれています。→Topics「15年目の壁画」へ

 

お店の名前は『マカロニ市場』。市場と書いて“マーケット”。

創設当初から本場のパン釜とピザ釜を備え、自慢の料理と心づくしの接客でますます人気のレストラン。

 

私の描いた壁画の中でも、とても多くの方が好きだと言って下さるこのお店の壁画は、私自身、現場での心温まる思い出が沢山詰まった仕事です。

 

実はここには、よくお見せする客席の3枚の壁画の他にも あまりご紹介していない絵があります。

ひとつは、現在は入口に掛けられている額の絵 -Mediterranean Breathing-。

15号に満たない絵で、遠景の景色は 20代のはじめに訪れた南フランスの海岸線から撮った写真をモデルに描いた 私自身の旅の思い出にも重なる絵です。

何を隠そう、これはいまだに展示販売中なのです。

 

そしてもう一カ所、

現地においでになった女性ならご存知ではないでしょうか?

 

そこは、女性用のレストルーム。

ホールの壁画の色づかい・筆使いとは少し趣きを変え、蔓葡萄を主題に陶器に見立てた青絵の柄を壁一面に配したこのスペースは こだわりの絵付けタイルや真鍮づかいの水回りも手伝って ちょっと特別な場所に仕上がっていると思います。

 

まだ若かった当時、時間と体力をあるだけ注ぎ込んだ熱を 今も懐かしく思い出させてくれるという意味でも、

男性にはご覧いただくのが難しい絵…という意味でも、

ある種、隠れた“大作”かも知れません。

 

お店のオーナーさんはじめスタッフの皆さんが ずっと変わらず持ち続けていらっしゃる“美味しいもので人をもてなす精神”に育まれ、この壁画達もまだまだ元気いっぱい この素敵なレストランと共に、美味しいご馳走に思わずこぼれるお客さんの笑顔を見守らせていただけたらと願っています。

 

 

 

 

 

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2012年

5月

15日

五月の薔薇

-Rose Garden- Liquitex
-Rose Garden- Liquitex

-Rose Garden - 1999 個人蔵

 

薔薇がいっせいに咲き始めました。

今から13年前の5月、とあるカフェギャラリーで ピアノ弾き語りのライブコンサートをされると言う音楽学部の先輩からお話をいただき、同時期にこのメインの80号ほどの絵と 同じタッチの花の小作品9点とを展示させていただいた事があります。
この絵は、最初から、そのギャラリーの女性オーナーが買い上げを約束してくださっていた言う、私の絵の中でも特に幸運な運命を持って生まれました。

画面は、合板に目の細かい麻布を貼りこんだあとに下地のホワイトをかけ、リキテックスで描いています。

あらかたの淡い彩色を先にほどこし、あとから輪郭線を入れているのですが、
そこには、よどまない“線”で魅せることを この絵の目標のひとつに掲げて描き上げようとした 当時の私自身の目線がうかがえます。

まるでゴルファーがナーバスな柴目を読みながら 何度も何度もアプローチをイメージしてパターを空で振るように、画面の上で何度も頭にあるラインを指でトレースし、ようやく筆を持ち、絵の具の含み具合を吟味して 思い通りの線を引けた時と言うのは、とても気持がよいものです。
今になって改めてこの絵を見ると、そんな苦悩のない伸びやかな集中が形になって各所に刻まれているのが見て取れます。
多分ごらんになる皆さんにも、この絵から屈託のない優しさと、スッキリとした心地良さを感じていただけるのではないかと思います。

画面のサイズを決めた時、"Rose Garden"と言うテーマと共に、薔薇の庭に降りたニンフが開花の時を告げるシーンがすぐに浮かびました。
そう言う意味でも、苦悩の残像がない絵に仕上がったのでしょうか。。。

 

 

 


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2011年

12月

28日

Snow Flakes

"Snow Flakes"
"Snow Flakes"
-Snow Flakes- 

ロマンティック街道をテーマにした"Composition by KENZO"のDM(ダイレクトメール)で、添付の画像はすでに印刷物になったものです。
この絵が中折りになったカードの表紙のタイトルには'92-'93秋冬コレクションとあるので 描いたのは’92年のはじめでしょうか。

当時は原画にいちいちタイトルを付けることもなく納品していたので、タイトルは セカンドライフで過去のアートワークを紹介するようになって後付けしたものです。

蒼く冷えきった夜空から舞い降りて来たSnow Flakes
愛する家族の待つドアへと急ぐ人もまばらな凍る街。
家々の窓だけが幸せ色の光を投げかけています。
描きあげてみてとても好きになった絵のひとつでした。

KENZOさんからいただいたお仕事の画料は、大半が次の絵を描くときの資料(主に洋書の写真集・画集の類いです。)代に消えて行きました。
当時の円相場は1USドルが180円くらい。洋書は決して安い買い物ではありませんでしたが、ずっしりと重い洋書屋さんのバッグを抱え家路を急ぐ気分は格別で、そうして私の記憶の引き出しを広げてくれたその洋書たちは、今も作業部屋の本棚を埋める私の愛すべきコレクションです。

『ロマンティック街道』と言えばドイツ。ところがかの地を踏んだのは、カッセルと言う地方都市で行なわれる『ドクメンタ』と言う芸術祭を見るための旅だけで、実際には街並の風情など ほとんど味わうことなく南下してしまったため、この絵を描く際にも、何冊かの写真集を買い込み 美しい街並の建築様式や吊り看板のデザインに夢中でページを繰る日が何日も続きました。

 

この頃の水彩画は、大体いつも鉛筆で下書をした後 レタリングゾルという耐水性の墨でGペンやスプーンペンを使い線だけを先に描き、その上から水彩絵の具を薄くひいては重ねて行くのですが…
この屋根瓦とは随分長い時間格闘したおぼえがあります。

 

 

元々、建物の絵は苦手なんです。ちょっと凝った飾りなどがついていたりしようものなら、それが面白くてとことん書き込み とんでもない時間を費やしてしまう…その時点ですでに 金額の決まった仕事としては大失敗です。 

 

しかしこの絵で、私はどうしても描きたかったことがあったのでしょう。
それはきっと、誰の心にもあるささやかな幸せの灯りだったと思います。

透明水彩絵の具による水彩画を経験した方ならおわかりかと思いますが、絵の中で一番明るいのは、紙の白…つまり何も塗らない状態で そこに手を加えれば加えるほど、色は濁り抵抗感が出てしまいます。
ほんの薄いイエロー系の2〜3色を濁らないようにさっとひく。
それを魅せたいがために、時間をかけて描きあげた風景はただただ深い蒼の世界でした。

過去の作品をこうして自分自身で分析するのもたまには面白いものです。

当時の若い私が そんな計算をしながらこの絵を描いていたとは到底思えず、きっと、想うように画面を作る精神作業に必死だったことでしょう。
提出日の朝まで 延々と3mmx12mmほどのパーツを一つ一つ塗り重ねる作業…今の私に果たして出来るでしょうか……否。 (笑)


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2011年

12月

25日

Happy Christmas!

-Saint Germain d'hiver-
-Saint Germain d'hiver-
”Saint Germain d'hiver”
(冬のサンジェルマン)
 
この絵は私が実際に滞在した安宿の最上階の部屋がモデルになっています。
まるで去年のことのように印象に残る部屋ですが、それはもう24年前の話。
もちろん貧乏旅ですから 内装は推して知るべし…でも、小さく張り出したサンルームからは、サンジェルマンの交差点や パリの屋根の波が見わたせる素敵なところ。
私はここで 気心の知れた仲間3人とともに1週間ほどを過ごしました。

’88年の原画提出当初、MD(注*)さんから却下を食らった思い出の絵です。
でも、私は引き下がれませんでした。
この絵にある夢を吹き込んだから。

「いつかもう一度、大切な人とここに戻ってクリスマスを過ごしたいと願って描きました。」という私の言葉に一言一言うなづき
「あなたの話を聞いていて、私もこの絵が大好きになりました。」そう言って 最後に折れてくれたMDの柿崎さん、あの時はありがとうございました。

 

しかし残念なことに、その夢は今年のクリスマスもまた夢のまま。

…と言う事は、まだ夢見ることを許されているのかな・・・と。

もうちょっと頑張ってみたいと思います^^

 

皆さんの夢、叶った夢、教えてください。

 

 

*MD(マーチャンダイザー)

市場調査をもとに流行を予測し、商品の企画、販売計画、広告宣伝など一切の権限と責任を持つ商品担当者のこと。

情報収集力をはじめ、感性や好奇心、積極性のうえに 確かな営業手腕までも求められるお仕事です。

 

 

 

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2011年

6月

05日

時に贋作画家 -Chapter 2-

前回から随分日が空いてしまいました。

 

麹町のとあるアパレル会社へと 道を通していただいた 23歳の私まで

タイムスリップしたところでしたね。

 

まったく...こわいもの知らずとは 後になって振り返るのが恐ろしいものです。

とりあえずおいでくださいという先方のリクエストに またしても丸腰で乗り込みました。

さらに恐ろしいことには、確か 自分で縫った服を着ていた覚えが。。。

 

当時の日本テレビ社屋の 道を挟んで向かい側ちょっと手前に

目指す建物はありました。

 

紹介してくださった方と自分の名前を名乗ると、サラリーマンのいでたちには程遠い 綺麗なスーツをお洒落に着こなした華奢な男性が 丁寧に出迎えてくれました。

今思えばMD(マーチャンダイズ)のかただったのか...やがて事業部長さん以下

数人の関係者の皆さんが 次々と現れては名刺を差し出し挨拶をしにきてくださって初めて やっと自分の第一の不手際に気づくありさまでした。

 

名刺を受け取りただ名を名乗って挨拶を返す失態にたじろぎつつも、

その名刺の『KENZO』という名を目にして私は一瞬のうちに舞い上がってしまいました。

 

 

 

そういえばこんな話は、つまらなすぎて親しい友人にもほとんど話したことがありません。

美大を目指す受験生だった頃、私には小さな迷いがありました。

進路についてです。

美大専門の美術予備校に通いながら、私が購読していたのは『装苑』という雑誌。

 

美大へ進むか、モードの道を志すか、揺れにゆれる受験期を経てなお

ファッションデザイナー高田賢三さんは、私にとって雲の上の憧れの存在でした。

 

 

 

一介の美大生の私が初めていただいた仕事が、

その『KENZO』ショップの 壁画の制作だったのです。         

                                   〈またしても次章へ続く〉

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2011年

4月

12日

時に贋作画家 -Chapter 1-

「花を描くのが上手な学生を探してるんだ。」

同じ学科の同級生を介して知り合った友人から 久しぶりの電話をもらったのは確か…大学院二年の春。

ひとつ年上の山岸君はもう社会に出ていました。

 

それからほどなく、会わせたい人がいるという彼と 六本木駅で待ち合わせる約束をしたのですが

今では考えられないことに、その日の私は 作品のファイルも名刺すらも持たない”手ぶら”状態。

これから 私の将来に何が起こるのか、その日の私には何も解っていませんでした。

 

繁華街を少し入ると、今でもそうなのか…マンションの一室を借りたデザイン事務所が点在していて

夜の賑わいとはまた別の顔を見せていました。

 

何故そこに呼ばれたのか、今では定かではありません。

通された応接室の奥で 穏やかな笑顔で私を迎えてくれたのは 某大手ジュエリーメーカーの役付きの男性。

ちょうど当時の父親ほどの年頃に見受けられたけれど がらっぱちな父とも 大学で日頃接する教授先生達とも違う匂いのする 企業人としての地位を確立した人種との初めての対面は 

多少の雑談の合間に 依頼内容の大まかな説明と、自分がその「ひとさがし」を頼まれた相手が プライベートでも信頼のおける友人であることを私に確認させるのみで 緊張などする間もなく終了。。。

 

こうして私はこの御仁の”お墨付き”を得て 麹町の旧日テレ通りに面した とあるアパレル会社へ

単身乗り込む事になるのですが・・・。〈次章へ続く

 

 

追記;当時の写真を探したのですが、何も残していませんでした。

こんな未来が待っているとわかっていたら

少しは考えたのかもしれない^^;

 

・・・・しまった。。。

 

何も考えてなかったことが ばれました。

 

 

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2011年

4月

03日

難しいのね

初めてのHPを開設して3年が経とうとしています。

…とは言え、自分で立ち上げるどころか ハンドルすら人任せのまま時は流れ…

以来一度も手を加えないまま 先月末にその使用期限が切れました。

 

 

慌ててジタバタしている私の上に タイミングの神様が現れた。。。

 

 

Jimdoというところなら、完全無欠のドシロウトの私でも大丈夫じゃないか?

…そう助け舟を出してくれたお友達のおかげで こうしてブログまで書いてます。

 

まだまだ手探り、出来たと思うと消していたり…^^;

でも、編集の際 何かの拍子に編集スクリプトが見えたりすると

「本当はこれ、全部自分でやらなくちゃいけなかったんだわ……(汗」と

つくづく 今まで私のページをサポート&オーガナイズしてくれた『彼女』に

頭が下がります。

 

 

ここからは、楽しんで継続するHPを目指して 

その楽しみを ご覧下さる皆さんとシェアできますよう

日々精進を続けてまいりたいと思います。

 

これまでサポートしてくださった(株)OPUS-OPUSさんに 心から感謝!!

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