2011年

6月

05日

時に贋作画家 -Chapter 2-

前回から随分日が空いてしまいました。

 

麹町のとあるアパレル会社へと 道を通していただいた 23歳の私まで

タイムスリップしたところでしたね。

 

まったく...こわいもの知らずとは 後になって振り返るのが恐ろしいものです。

とりあえずおいでくださいという先方のリクエストに またしても丸腰で乗り込みました。

さらに恐ろしいことには、確か 自分で縫った服を着ていた覚えが。。。

 

当時の日本テレビ社屋の 道を挟んで向かい側ちょっと手前に

目指す建物はありました。

 

紹介してくださった方と自分の名前を名乗ると、サラリーマンのいでたちには程遠い 綺麗なスーツをお洒落に着こなした華奢な男性が 丁寧に出迎えてくれました。

今思えばMD(マーチャンダイズ)のかただったのか...やがて事業部長さん以下

数人の関係者の皆さんが 次々と現れては名刺を差し出し挨拶をしにきてくださって初めて やっと自分の第一の不手際に気づくありさまでした。

 

名刺を受け取りただ名を名乗って挨拶を返す失態にたじろぎつつも、

その名刺の『KENZO』という名を目にして私は一瞬のうちに舞い上がってしまいました。

 

 

 

そういえばこんな話は、つまらなすぎて親しい友人にもほとんど話したことがありません。

美大を目指す受験生だった頃、私には小さな迷いがありました。

進路についてです。

美大専門の美術予備校に通いながら、私が購読していたのは『装苑』という雑誌。

 

美大へ進むか、モードの道を志すか、揺れにゆれる受験期を経てなお

ファッションデザイナー高田賢三さんは、私にとって雲の上の憧れの存在でした。

 

 

 

一介の美大生の私が初めていただいた仕事が、

その『KENZO』ショップの 壁画の制作だったのです。         

                                   〈またしても次章へ続く〉

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    める (木曜日, 09 6月 2011 23:02)

    密かに更新楽しみにしておりました。
    またしても続きが気になる〜。

    それとランチの申し込み今月か来月あたりできそうかもです :)
    何曜日がいいんでしたっけ。

  • #2

    あきと (土曜日, 11 6月 2011 18:29)

    あ、自分のスーツ「KENZO」だったと思う

  • #3

    miyuki (土曜日, 11 6月 2011 21:33)

    めるちゃん
    コメントありがとうございます。

    思いつきで書き始めてしまったので、次の起と結が思いつくまで
    続きが書けないと言う…なんて事でしょう。。。

  • #4

    miyuki (土曜日, 11 6月 2011 21:36)

    あきとさん
    KENZOのスーツ、綺麗でしたよね!

    ただし、KENZO Hommeは当時、販売代理店が別だったw